一方、ヒトはその優れた頭脳と技術とを用いて無数とも言える化学物質などを合成し、それらの多大な利便性と経済性とを謳歌し、不用意にも環境に無責任に拡散してきました。しかし、新しく合成された化学物質を安易に使用することは、ヒトを含めた生物にとっては、まさに諸刃の剣でした。これらの化学物質の多くは、生物にとってはこれまでの長い進化の過程で出会うことがなかった「新しい環境因子」となり、それらを安全に代謝して、無毒にするような酵素・たんぱく質などを持ってはいませんでした。そのために、それらの化学物質の持っている「新規の毒性」によって多大な被害を受けてきました。日本でもこれまでに、化学物質による水俣病やイタイイタイ病、森永ヒ素ミルク事件などの重金属の食品への混入や、ダイオキシン類の混入によるカネミ油症などの食品公害、さらにはサリドマイド症やキノホルム剤などのよる薬品公害など多くの痛ましい公害が引き起こされてきました。残念ですがこれまでの日本は、まさに「公害大国」であったと言いても過言ではありませんでした。最近ではそれらの毒性のある部分は、「エピジェネティクス」をかく乱することによって誘発されていることが理解されつつあります。この現象は「環境エピジェネティクス」と呼ばれて、最近注目されております。また「環境エピジェネティクス」によるヒトへの毒性影響は、一般には、成体よりも胎児期や幼・小児期において、強く影響することが知られています。また環境因子としては、無数とも言える化学物質の他にも、最近では、胎児期や幼児期における極端な栄養状態さらには家庭や社会などからのさまざまなストレスなどまでも考えnあければならなくなってきました。また、最近の、異常ともいえる「気候変動」もヒトに対する環境エピジェネティクスの大きな要因と考えられ始めております。これらの視点については「環境エピジェネチィクスの考え方」(図0−1)に示しておきました。
この本では、「環境エピジェネティクス」を平易に解説していきたいと思います。さらに最近では、「環境エピジェネティクス」によって、環境因子による影響が世代を超えて「遺伝」すること、すなわち「継世代エピジェネティック遺伝:Transgenerational Epigenetic Inheritance : TEI」という現象も、げっ歯類を用いた動物実験で分かってきました。ヒトにおいても、TEIが起きている例が、疫学研究によって確認されつつあります。すなわち、「環境エピジェネティクス」によって、ヒトの将来世代にも大きな影響を与える可能性さえ考慮しなければならないといった状況が生み出されているのです。

図1環境エピジェネティクスの考え方
