これまで、同様な発達支援のサイトや研究会でよく取り上げられてきた問題の一つに、

親御さんを始めとする周囲の望むことと、本人ののぞむことのギャップがあります。

やはり、周囲はまず、「この子が普通の社会生活が送れるようになってほしい。」

と思うことがあると思いますが、本人は、「自分のやりたいことを誰にも邪魔されずにしていたい」ということではないでしょうか?時にそのギャップは両者にとっての苦しさや辛さになり、いろいろな専門家の指導では、どちらかといえばその解決は、応用行動科学などの手法を用いた、大変有用で必要なものですが、周囲の意向を優先するようになることが多いと思います。

 私たちが懸念するのは、そうしたことが積み重なっていくと本人が本当にやりたいこと「プチサヴァン」の芽を摘み取っているのではないかということです。

 しかし、ここで、「どうすればこの子を変えられるだろう」と考えていた私たちが、

「この子は、何を見ているのだろう」と考えるようしていくこと、そして、本人のより望んでいる環境は何かということを問いかけてそれを試してみること、それらを続けていくうちにこれまで気づかなかったあたらしい発見があるのではないかということです。もちろん時間の制約や、過集中など本人の健康のためだったり、社会生活を営む上でどうしても中断しなくてはならない場合も多いと思いますが、そこに私たちの楽しみや喜びを見出しうるということがいわれています。

本人に合わせて環境を変えていたはずが、いつの間にか私たち自身の「普通」「能力」「幸福」についての考え方も少し変わっている。

私たちはそれを**「相互変容」**と考えています。

 もちろん、やはりぐずっている子を何とかなだめすかして、やっと束の間の自分の時間が持てるといったようなことばかりかもしれません。でも、「今日はこんなことを発見した」「こんなことで一緒に笑った」という瞬間が生まれること、その小さな楽しみが、旅をもう少し続けてみる理由になれば。という提案です。