• 2024年4月23日 5:13 AM

環境エピジェネティクス 研究所

Laboratory of Environmental Epigenetics

1.はじめに

 最近、「エピジェネティクス」という言葉を耳にすることが多くなってきました。「エピジェネティクス」とは簡単に言えば「遺伝子の高度な発現調節」のことで、これはさまざまに変化してきた地球上の環境条件に適応するために、生物が長い進化の過程で獲得してきた遺伝子の持っている重要な特性です。すなわち、多細胞生物に進化した生物は、その個体の発生段階や成体となって、さまざまな生命機能を維持・調節するために、いわば「内的エピジェネティクス」という特性を獲得してきました。まだ「内的エピジェネティクス」の全体像は十分には解明されてはいませんが、この本ではこれを「エピジェネティクス」と呼びます。「エピジェネティクス」は、最近の遺伝学では重要なテーマの一つで、世界中の多くの研究者がその解明に取り組んでいます。この仕組みが完全に解明されれば、2008年年のノーベル医学・生理学賞ノーベル医学・生理学賞を授与された山中伸弥先生のiPS細胞を望みどおりの細胞に分化させ、それを用いて再生医療が容易に出来ることになります。しかし、再生医療は当初期待されたほどには実現していません。それはまだ「内的エピジェネティクス」の全貌がまだ十分に解明されていないからです。この生命システムは38 億年という、長い歳月において、変動してきたさまざまな過酷な地球環境を乗り越えてきたものなのです。

一方、人はその優れた頭脳と技術とを用い無数とも云える化学物質を合成し、多大な利便性と経済性とによって、それらを安易に使用し、環境に無責任に拡散してきました。しかし、新しく合成された化学物質を安易に消費することは、諸刃の剣でした。これらの化学物質の多くは、生物にとってはこれまでの長い進化の過程で出会わなかった「新しい環境因子」となり、それらの化学物質の持っている「新規の毒性」によって多大な被害を受けてきました。日本でも、イタイイタイ病、水俣病などの金属因子によるもの、森永ヒ素ミルク事件やカネミ油症などの食品公害さらにはサリドマイド症などのよる薬品公害など多くの痛ましい公害が引き起こされてきました。残念ですが日本は「公害大国」であったものと思われます。最近ではこれらの毒性の一部は「エピジェネティクス」をかく乱することによって病的状態が誘発されていることが分かりつつあります。この現象は「環境エピジェネティクス」と呼ばれています。また「環境エピジェネティクス」による影響は、エピジェネチィクスの特性によって、成体よりも胎児期や幼児期において、強い影響を受けることは当然です。また環境因子としては、これらの化学物質の他に、極端な栄養状態やさらには社会などからのさまざまなストレスなどまでもがその要因として考えられようになってきました。

この本では、「環境エピジェネティクス」を平易に解説していきたいと思います。さらに最近では、「環境エピジェネティクス」によって、環境因子による影響が世代を超えて「遺伝」すること、すなわち「継世代エピジェネティック遺伝:Transgenerational epigenetic Inheritance; TEI」という現象もげっ歯類を用いた動物実験によって分かりつつあります。ヒトにおいてもTEIが起きることが、これまでに疫学研究によって確認されつつあります。つまり、「環境エピジェネティクス」によって、人類の将来世代にも大きな影響を与える可能性さえ考えられつつあるのです。