• 2024年5月20日 6:49 PM

環境エピジェネティクス 研究所

Laboratory of Environmental Epigenetics

第33回 「貨物列車」

 20年前に引っ越した湯河原の家からは、眼下に東海道線が走っており、鉄道好きの私は大いに喜んだ。しかし、夜寝ていると、貨物列車がひっきりなしに通過して、その騒音が気になって仕方なかった。しかし不思議なもので数日経つと、その音もほとんど気にならなくなった。最近の貨物列車は無愛想なコンテー車の連続で面白くはない。

 昔の貨物列車は、様々な貨物車がつながっていて面白かった。ずっと前から車掌車はなくなった。車掌さんが貨物列車の最後に退屈そうに坐っていた姿が懐かしい。無蓋車、有蓋車、家畜車などいろいろあったが、私は郵便車が好きだった。一両の半分だけの郵便車もあり、郵便の投函口が付いているのがご愛敬だった。中では郵便局員が黙々と消印を押していた。消印には日付はもちろん、「東京―沼津間上り」などというのも押されており、貴重なものであった。

私のよく利用する真鶴駅では、ダイヤが乱れると貨物列車は待避することになる。ある日旅客電車は正常運転なのに、貨物列車が待避していた。そこを、全車ブルーのTOYOTAの貨物列車が追い越していった。どうやら特別料金を払っているらしい。この貨物列車は毎日2便上下あり、岩手県と愛知県を往復している。「カイゼン」のトヨタらしく、余分な部品を手元に置いておくことが少ないのだろう。

時々、私鉄などの新造車両が機関車に引かれて通過することがよく見る。これを甲運行と呼ぶらしい(弟からの情報)。これを目当てに、撮影適所に、「撮り鉄」が高価なカメラの放列を敷いて待っている。彼らはこの運行をどこから知るのだろうか。私は「乗り鉄」なので、あまり興味がないが、他人の趣味にまでは干渉しないことにしている。
昔は稲沢(愛知県)や吹田(大阪府)などに巨大な貨物基地があって、貨物列車が行ったり来たりして、その長い編成作業を行っていた。今では、この操作はコンピューター制御できるので、かっての巨大貨物基地は縮小されつつあるようだ。
 夜通しの貨車の行き来や寒昴   徹   (11/28/20)