• 2024年4月23日 3:39 AM

環境エピジェネティクス 研究所

Laboratory of Environmental Epigenetics

続澁声徹語 第41回 「平家物語」

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 先日、横浜で「平家琵琶」の演奏を聴く機会があった。「平家琵琶」は4弦で「薩摩琵琶」や「筑前琵琶」とはその形や弦の数が異なり、何よりも「平家物語」しか演奏しないということである。初めて聞いたが、ほとんどが「語り」であり、琵琶の演奏部分はそれほど多くはないのには驚いた。これを「平曲」という。

 「平家物語」は、高校の古文の授業で習ったことは覚えているが、その内容はほとんど忘れてしまっている。今回は「祇園精舎」、「敦盛最後」、「那須与一」および「先帝御入水」を聞かせていただいた。いずれも「平家物語」の重要な部分で、どれもがすんなりと耳に入ってきて、高校時代がなつかしく思い出された。

 今では、「平家琵琶」の奏者は日本にも5人しかいなくて、演奏をされた荒尾
努さんも普段は三菱重工の宇宙システム部に勤務されているという。「平曲」は一時廃れかけたが、金田一春彦先生が全226段を採譜、保存されたということである。言語学者の金田一先生は音楽的才能もおありだったとのことだ。

 本棚を探したが、もう昔読んだ「平家物語」は見当たらなかった。そういえば、高校時代に岩波新書の石母田 正著の「平家物語」を薦められ、読んだ覚えがあり、今回リバイバル版を入手できた。私の耳の底には「祇園精舎の鐘の声・・」という文言はまだ残っており、今度平家琵琶を聞いてはっきりと思い出した。

 私は昔から源氏よりも平家の方が好きである。一族の血なまぐさい抗争によって滅亡した源氏よりも、西海に沈んだ平家の方に亡びの美学を感じていた。清盛は貨幣流通経済をもくろみ、宋から貨幣を大量に導入したが、貨幣とともに何らかの病原体も移入され、都に悪疫が流行したということである。彼は海外貿易促進のために、大輪田の泊(神戸市)の改修も行ったという経済人でもあった。

 相模の渋谷氏も初めは平家であったが、途中で源氏に鞍替えしている。たしか「石橋山の戦」では平家方であったが、土肥實平と出会い、源氏に属することになったらしい。その詳しい経緯はよくわからないが、昔は源平の明確な区別はなかったかもしれない。物事をはっきり分けたがるのは日本人の悪い癖のようだ。
      大寒に実朝の島頼朝の浜  徹    (01/23/21)